障害者女性の困難を訴える――初の対日審査と国連の勧告

  • 国連 障害者権利条約 はじめての対日審査 ロビーイング報告会
  • ~障害女性への複合差別、国連は何を勧告したか?~
  • 開催日:2022年11月19日(土)
  • 会 場:京都市多文化交流ネットワークセンター大ホール/ZOOM
  • 主 催:障害者権利条約の批准と完全実施をめざす京都実行委員会女性部会

 2022年8月、障害者権利条約の批准後はじめての対日審査が実施され、当事者団体や弁護士会などからも100名以上がジュネーブへと渡航した。それを受けて、「障害者権利条約の批准と完全実施をめざす京都実行委員会女性部会」は今回の審査の報告会を開催し、審査に参加した民間団体の報告者がそれぞれの視点から参加体験を伝えた。

 障害者権利条約(正式名称は「障害者の権利に関する条約」)は2006年に国連総会で採択された障害者に関するはじめての国際条約。政治や教育、雇用などにおける障害者の権利を確保・実現するための措置等を規定する。日本政府は2014年にこの条約を批准し、条約に則って国内の法制度を整えることを宣言した。

 当然、宣言するだけでは状況はよくはならない。障害者の権利や自由の実現に資する施策がじっさいに実行できているのかをチェックする必要がある。それが「対日審査」の役割だ。当初は2020年に行われる予定だったが新型コロナウイルス感染症の影響で延期となり、ことしの8月に実施された。報告会ではその審査について、とくに「障害者女性」にまつわる課題を中心に、民間団体から成果と課題が報告された。

審査とは? 勧告とは?

 導入として、松波めぐみさん(大阪公立大学 非常勤講師)が「障害権利条約とは?」「日本審査とは?」を平易に解説した。障害者権利条約がとりあげる権利には「障害者だけの権利」はひとつもなく、だからこそ守られなければならないことを強調。その権利条約を「守ります」と日本政府は宣言したが、「ほんとうに守っているか?」を、主に障害当事者から構成される国連の障害者権利委員会が審査することを説明した。

 審査には日本の民間団体の声も反映される。審査の前に日本政府が委員会に報告書を提出して「ちゃんと取り組んでいますよ」ということを示すが、政府側の言い分だけでは実情を把握するには充分と言えない。そこで民間の障害者団体や弁護士会などからも「じっさいはこうです」ということを示す「パラレルレポート」を提出する。双方の提出書類をふまえて委員会と障害者団体とで報告の詳細を確認する場が設けられ、その対話をもとに審査のための質問が用意される。

 質問に対する政府の回答を受けて、審査後に委員会から「総括所見」という勧告が出される。所見は障害者権利条約の決まりに照らして、現状のできていること・できていないことを評価したものであり、日本の課題が示される。松波さんは審査での日本政府の回答には残念に思う面があったと振り返り、この所見の勧告がこんご人権侵害をなくす活動を進めるうえでの力になると述べた。

障害女性が経験する「複合差別」

 藤原久美子さん(DPI女性障害者ネットワーク 代表)は、具体的な対日審査に至るまでの経緯を報告。審査での質問に自分たちの意見を反映するには委員に取り上げてもらう必要があり、事前のすり合わせの場などで委員にアピールするための準備が必要になることを伝えた。

 藤原さんが課題として挙げたのが、障害者女性の性被害と「複合差別」にたいする認識。「複合差別」とは、障害者にたいする差別と女性への差別が障害者女性において複雑に絡み合っていることを示している。たとえば「異性介助」の問題がある。介助される人とおなじ性別の介助者が介助する「同性介助」が多くの事業所で基本方針としてひろく謳われているが、人手不足や労働時間を含めた労働形態の男女差などもあり、利用者の同性介助の要望に応えていないケースもあるという。本人の希望に反する「異性介助」は虐待であるという見方もあり、障害者女性の尊厳が守られる必要がある。また、知的障害のある女性が誰にも知られずトイレで出産しその後幼児を死なせてしまうという2020年に北海道で起きた事件に触れ、障害者女性を性的主体として見なさないステレオタイプがある一方で障害者女性は性的被害に遭うことも多いことを紹介。被害の当事者も情報が不足していることから声を挙げられていない可能性があり、包括的性教育の必要性を強調した。

 障害者女性をめぐるこうした問題がありながら、日本の法制度のなかには「障害のある女性」という文言がでてこないことを藤原さんは指摘。そんななか今回の審査では障害のある女性にかんする質問が多く取り上げられ、国際的な関心の高さが窺えたことを報告した。

見逃されがちな困難を訴える

 川合ちなみさん(DPI女性障害者ネットワーク)は渡航に際しての役所とのトラブルの話も交えながら参加した感想を報告。審査に対する日本政府の回答にはこんごの見通しが見えず悔しいと語った。ロビイングの休憩時間に委員に積極的に課題をアピールし、日本の担当委員を務めるタイのサワラックさんとは男性社会における女性の立場をめぐり国を超えて意見を交わし、活動へのアドバイスをもらったという。

 また、渡航の途中で思いがけず男性の手で移乗されてしまいショックだった経験に触れながら、今回の勧告では「異性介助」への言及がなかったことが残念と評価。こうした複合差別は当事者自身も差別だとなかなか認識しづらい現実にも触れ、認識を広めながら協力しあう仲間を増やしたいと述べた。

 そのほか、NPO法人沖縄県自立生活センター・イルカ 代表の長位鈴子さん、筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクトの安原美佐子さんが登壇。長位さんはロビイングの休憩の合間をぬって委員を捕まえて脱施設の必要性などを訴えたことを報告した。安原さんは筋ジストロフィーの女性患者が経験している女性患者ならではの困難に触れ、とくに同性介助の問題では、厚労省の調査と質問への回答に現場との認識のずれを感じると指摘。さらなる実態把握が必要と述べた。

 4名の報告を受けて、主催団体の幸田さんがコメント。京都府は条例に「複合差別」という文言を記載した日本でも先進的な地域であることに触れ、これまで障害者女性は性的主体であることを否定され「障害の問題だけでいい」と言われてきたが、川合さんや若い人たちはこれからもっと自身の訴えを主張してゆけるはずとエールを送った。

課題を着実にメインストリームへ

 最後にそれぞれの報告を受けて登壇者が一言ずつコメントした。藤原さんは「障害者女性の複合差別は横断的な課題であるがゆえに見過ごされてしまう。この課題をメインストリームに」と目標を掲げた。河合さんは「エールもいただきとてもエンパワメントされた。活動に参加することで他の方々の活動を知るきっかけになっている」と感想を述べた。長位さんは「これから日本政府にどのように勧告が示す課題に取り組ませるか。眺めているだけでは変わらない。地域から活動に取り組んでゆきましょう」と呼びかけた。安原さんは「いまある課題に気づけたのはこれまでに活動を先導してきた方々のおかげ。コロナ禍で福祉業界には過重な負担がかかり異性介助の問題も二の次さんの次になってしまうのではという懸念もあるが、従事者の意識が変われば大幅に負担は軽減されるはず。意識改革に取り組みたい」と抱負を述べた。

 質疑応答ではオンラインでの参加者から、視覚障害聴覚障害のある方のための相談窓口が電話対応と対面のみで充分なアクセスが確保されていない現状が伝えられ、障害者女性の困難さを掬い上げる取り組みの重要性が共有された。また、情報を充分に得られておらず、DVなどの被害を受けていても当事者が被害と認識できていない可能性があることをふまえ、包括的性教育を含めた認識のエンパワメントの必要性が再確認された。